実践基礎:スケール編の第1回目は中国の音階です。
吉川英治氏の傑作小説「三国志」の序文にはこう記されています。「三国志には、詩がある。単に厖大な治乱興亡を記述した戦記軍談の類でない所に、東洋人の血を大きく搏つ一種の諧調と音楽と色彩とがある」と。
諧調というのは、ただの音の連なりではないのです。ただの規則的なグラデーションとも違います。三国志の詩は、盲目的な愛国心や兵法の優劣を動機とするような単純なものではないのです。一個の煩悶から儒教や道教、仏教、天文と様々な世界観を垣間見ることが出来ます。様式的な音楽と言うよりは、バランスの良い諧調に貫かれた詩(うた)なのです。
それではまず自作の「赤壁に遊ぶ(The Bank of a Large River)」という曲の基礎実践用編曲バージョンをお聴き下さい。今回はこの曲をもとにスケールの勉強をしてみましょう。
いかがでしたでしょうか。この曲で使われているメジャー・ペンタトニック・スケールという5音音階はとても有名でして、三国志における劉備や曹操、諸葛孔明のような、スケール界の主役的存在なのです。中国での呼び名は宮調式となります。
ギター講座などではメジャーペンタを教えた後、「これだけでは未熟ですから次に進みましょう」ということになるのですが、いやはやこれだけでも十分に曲は作れるのです。メジャーペンタは基本だけに重厚です、一番星だけに表情も燦々と輝きます。
宮調式 C D E G A (メジャーペンタ)
中国における階名は宮、商、 角、 徴ち、 羽となります。宮という(ド)の音をルートとしているので宮調式と呼ばれますが、その構造はいたってシンプルです。CDEGAという5音音階で、日本ではヨナ抜き音階と呼ばれています。(通常の7音音階で見た時に4番目と7番目(ファ・シ)の音をスキップした並びでして、前述の通り、欧米や日本ではCメジャーペンタと呼ばれているとても有名な音階なのです。
中国の音階と紹介しておきながら、何の変哲もないペンタトニック・スケールだったわけですが、それこそ作曲家として身につけなくてはならないのは、当たり前のスケールをどのように料理するかです。たとえば今回ですと、三国志に貫かれる美徳や風景を音にかえて描いていくわけですから、いくつかの技法であったり、理論を超えた感覚(センス)も必要になってくるわけです。理論書のコピーを繰り返しているだけでは、いつになっても作曲家としての格は身につきません。
まず、バックグラウンド部分のリズム・メロディを見ていきましょう。かなり変則的にリズムを刻んでいますので、譜面を見ながら何度も再生してみてください。
スケールを聴き取りやすいように1パートのみ聴いてみましょう。
音をひとつずつ拾ってみて下さい。実は宮調式(メジャーペンタ)の構成音(ド・レ・ミ・ソ・ラ)を散らすように配置しているのです。あまり単純ですと表情になりませんので、小気味よく、さりげなく、いのちの"ぬくもり"みたいなものを与えていくことが大切です。
このサイトはクラシックがメインテーマなのですが、皆さんはピチカート奏法をご存知でしょうか。この「赤壁に遊ぶ」で使われているのもピチカートでして、ヴァイオリンの弦を指で"はじく"ようにして音を出す奏法のことです。チャイコフスキーの交響曲第4番の第三楽章などが有名です。チャイコフスキーは「くるみ割り人形」の中で中国人をテーマにした曲を作っていますが、バルトークやドビュッシーも民族音楽には傾倒したようでして、音階と調のページで紹介したドビュッシーの全音音階はタイ国の(1オクターブを七等分した)音階に原形をみることが出来ると言われています。