実践基礎:総合作曲編の第2回目はクリシェです。前回、正格カデンツと変格カデンツの性格の違いについてお話ししましたが、サブドミナント→トニックという進行より、さらに"やわらかな"進行であるクリシェとその応用法について学んでみましょう。(休日にレトロゲームで遊んでいたので、サンプル曲に影響が出ています。)
アイディアに尽きてボケーっとしている時に、演奏家の手癖というか、半ば無意識のうちにベース音だけ変化させていることがあります。あれを理論的に言うとクリシェラインを奏でているということになります。ノリでやってしまうようなモノですから大した進行でもないのですが、考え方の一つとして実践例を見ていきましょう。
とりあえずどこか一つの声部を変化させていけばクリシェと呼ばれる進行になるので、真ん中の音を以下のように変化させてみましょう。Gsus4 → G → Fsus4 → Fという進行です。sus4というのは和声学のセクションで勉強しましたが、3番目の音をひとつ吊り上げて4度の音にするという意味です。ソ・シ・レがソ・ド・レになります。注意すべきは短2度(半音)吊り上げるということです。Fの構成音ファ・ラ・ドの場合はファ・ラ#・ドになります。
sus4とクリシェ
それでは自作サンプルの「selection mode」という曲をお聴き下さい。
このようにクリシェとは"ゆるやかな"進行であるということがお分かり頂けたかと思います。進行的には「イチニー・イチニー」という感じなので前には進みません。これはクリシェのひとつの特徴です。ですからイントロや"しかけ"前に使われることが多いのです。
さて、もう少し内声部を変化させて「進行」っぽくしてみましょう。
次はC → Cadd9 → Csus4 → C という進行です。add9は9番目の音を足すという意味ですが、そのままでは濁るので内声のE音は削除(omit)扱いです。そこに前述のsus4も組み込みました。
add9(omit3)とsus4とクリシェ
それでは自作サンプルの「Honey bees around flowers」という曲をお聴き下さい。
少し変化が大きくなり、先ほどの曲よりストーリー性が生まれています。クリシェというよりクリシェ的といった感じとも言えますが、シーンによってはその進行に組み込むと役に立つかもしれません。
次はクリシェから少し飛躍してGm → Amの繰り返しを見てみましょう。Gsus4→Gという進行よりも、半音大きく二つの声部で進行させます。和音的には第二転回形で、ギターらしく第3音をオミットしてます。まぁここらへんはセンスの問題ですので、古典派の禁則やらを、響きの濁った電子楽器の世界に持ち込む必要はありません。
Gm→Am
我慢というかタメを意識して、ゆるやかな進行に独特のアクセントを加えていくことも大切です。また、和声学のセクションで転回形を覚えた理由の一側面が理解できたと思います。
さらに以下のように、Cメジャーを軸に、連結する和音を転回形で用いて、"なめらか"かつドラマティックな進行にしてみましょう。はじめのサンプル曲「selection mode」と同じように内声部がIII→IIIb→IIと半音ずつ下降しています。
コードを転回形で用いて、応用的な進行を作りましょう
ゲーム音楽の歴史的には容量の問題がクリアされると、ティンパニなども使用できるようになり音源の質が向上しました。当然、和声への考え方も変化してきたことだと思います。モーリス・ラヴェルのように繊細な構築美をゲームのBGMとして使用することも夢ではなくなりました。またその一方で、「レトロな音楽でも良いものは良い」といった感じで、本質的な部分はこの先も変わらずに残っていくことでしょう。オミット系和音、4度堆積系和音など、ちょっとトんでる音もそれなりの魅力があります。