さて転調は実際にどのように行われるのでしょうか。ロマン派時代の作曲家であるマックス・レーガーの著作「Modulation」から一例を見ていきましょう。
海外のレビューなどでは「難しい、初学者には不向き」などとある本著作ですが、和声学のセクションを注意深く学べばおおむね理解できるようになります。良い音楽を作るには四声部(ソプラノ、アルト、テノール、バス)の活用が鍵になりますが、転調も同様です。転調イコール和声ですので、和声学の基礎的なことは習得しましょう。
ではさっそくC majorを主調とした転調例を見ていきましょう。転調前と転調後の連結部に相当する(両者に関係した和音)Pivot Chordとデグリーの一覧です。
近親調(A minor、G major、E minor)への転調は比較的楽です。五度圏の図で隣接している調のダイアトニックコードと転調元の共通のコードを見つけそれを利用します。近親調以外の調、いわゆる遠隔調へはナポリ和音やサブドミナントマイナーなどの変化和音を用いながら転調を行います。
C major ハ長調 |
ここから転調 | |
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A minor イ短調 (平行調) |
Pivot Chord:Dm(C II) =A minorのサブドミナント(Am IV) |
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G major ト長調 (属調) |
Pivot Chord:C(C I) =G majorのサブドミナント(G IV) |
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E minor ホ短調 |
Pivot Chord:Am(C VI) =E minorのサブドミナント(Em IV) |
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D major ニ長調 |
Pivot Chord:Em(C III) =D majorの同主調のB minorのサブドミナント(Relative sub-dominant:Bm IV) |
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B minor ロ短調 |
Pivot Chord:C(C I)の第一転回形
=B minorのナポリ和音(Neapolitan 6th) |
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A major イ長調 |
Pivot Chord:Dm(C II) =A majorのサブドミナントマイナー(A IV♮) |
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F# minor 嬰ヘ短調 |
Pivot Chord:G(C V)の第一転回形 =F# minorのナポリ和音(Neapolitan 6th) |
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E major ホ長調 |
Pivot Chord:A(C VI) =E majorのサブドミナントマイナー(E IV♮) |
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C# minor 嬰ハ短調 |
Pivot Chord 1:G(C V) =D majorのサブドミナント(D V) Pivot Chord 2:D(D I) =C# minorのナポリ和音(Neapolitan 6th) |
さて、いかがでしたでしょうか。たとえばDマイナー・コードがAメジャーのサブドミナントマイナー(変化和音に関する詳細はこちら)に相当するということがとっさに浮かびますでしょうか。そろばんを使った計算ではないですが練習を重ねることで理論が蓄積されていくのです。実際にピアノを演奏すれば理論よりも直感的になり、その時の気分次第でめまぐるしく希望の「行き先」が変わりますが、その「どこかに行きたい」という欲求をより速く実現してくれるのが理論(その時点までに学習してきたこと)になります。
出発点となる音も同様です。例えばどうしても短調の曲をBbの音で始めたいという時があり、交響曲の調性の例を調べると実に少ない採用数ですから「他の人はこんな感覚ではないのだ」と落ち込んでしまいたくもなりますが、実はチャイコフスキーの有名な「ピアノ協奏曲」が変ロ短調であったりします。この欲する音というのは理論の部分ではありませんね。
「出発点」や「行き先」、その計画を円滑に実行するための理論とは四声部を駆使することです。それこそが古典音楽の醍醐味でもあります。この四声部を操る訓練によって禁則にもより身近になり自分の悪い癖にも気づきますし、転回形を用いての進行や、バス、メロディ(ソプラノ)、和音の機能を決定する第三音に相当する内声部の使い方、導音の大切さ、なぜ3種類のマイナースケールがあるかなど、あらゆる面での収穫があるでしょう。
もちろんあちこちで話していますように(野球でたとえるならば)ストレートの速度・質をあげること、これが基本です。I-V-Iの完全終止でどこまで聴かせるかが永遠の課題ではありますが、調性の理解も深め、音階の一音一音にこもる力を拾い上げていけるようになれば巨匠たちに近づいていけるのです。